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岡山地方裁判所 昭和50年(行ウ)8号 判決

原告

竹内孝士

外二名

右訴訟代理人

奥津亘

外二名

被告

光嶋虎夫

右訴訟代理人

竺原巍

外一名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  申立

一、被告の本案前の申立

主文同旨

二、本案の申立

(一)  原告ら

1 被告は訴外勝央町に対して、金一七一〇万六一六円と、これに対する昭和四九年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(二)  被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  主張

一、原告ら

請求の原因、本案前の主張に対する反論は、別紙一のとおり。

二、被告

本案前の主張、請求の原因に対する認否は、別紙二のとおり。

第三  証拠〈略〉

理由

本訴の被告適格について検討するに、本訴請求原因によれば、原告らが本訴においてその補填を請求する訴外勝央町がこうむつた損害とは、元同町収入役訴外高務柳一のもた違法な金銭借入行為について、同町が損害賠償としてその借入先にした金銭の支出であることが明らかである。

ところで、地方自治法第二四二条の二第一項第四号所定の普通地方公共団体に代位して行なう当該職員に対する損害賠償の請求は、もつぱら当該損害の直接の原因となつた財務会計上の違法行為をし、又は違法な怠る事実にかかる職員個人に対してその普通地方公共団体の有する実体法上の請求権に依拠してその責任を追及する制度であつて、原告ら主張のように被告に町長として監督不十分、公印管理のずさん等職務怠慢、義務懈怠があり、結果的に前記違法借入行為を助勢、援助したにしても、被告が前記高務と共同して前記違法借入行為をし、又はその教唆者、幇助者であるというのではない以上、右法条にいう当該職員には該当しないと解するのが相当である。

従つて、原告ら主張の損害について補填を請求する本訴請求は、被告適格がないから不適法として却下すべきである。

よつて、民訴法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(平田孝 南三郎 栗田正平)

別紙一

A 請求の原因

第一 当事者

原告らはいずれも訴外勝央町の住民である。

被告は、昭和四一年四月より同四五年四月まで同町の町長の職にあつた。

第二 監査請求

原告らは、昭和五〇年七月五日同町監査委員に対し、本件について監査請求を為し同日受理され、その後六〇日間経過したが監査も勧告も為されない。

第三 本件の事実経過

一、昭和四九年四月一〇日岡山地方裁判所津山支部において、訴外勝央町は勝央町農業協同組合に対し、一四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日から支払済までの年五分の割合による金員の支払を為すよう判決が為された(同支部昭和四五年(ワ)第一六六号事件)。

これに基づき昭和四九年七月九日、同町は同農業協同組合に対し一四〇〇万円とこれに対する前記昭和四四年六月一日から同日までの遅延損害金三一〇万六一六円合計金一七一〇万六一六円の支払を為した。

二、右判決が認めた支払うべき原因事実は次のとおりである。

(一) 昭和四四年三月三一日、同町農協は同町収入役高務の依頼により二〇〇〇万円を、支払期日同年五月三一日、利息日歩二銭三厘、遅延損害金日歩四銭の約束で同町に貸付けたのであるが、右は同収入役が同町長の意思に基づかずほしいままに同町名義の借入申込書、借用書を作成して、あたかも同町が正当に金銭を借入れるものであるかのように欺罔して為したものであり、同農協が詐取されたものである。

(二) そして右高務は、永年収入役の地位にあり、同町の同農協からの借入にあたつては、同人が町長名の借入申込書、借用書を提出することによつて契約するのが常であり、本件でも従来と同じ形式であり、かつ、前記申込書の印影は同町長の真正な職印により顕出されたものであつたから外形上高務の行為はその職務行為に当るものというべきである。

そうだとすると、同農協は高務の右行為により二〇〇〇万円の損害を蒙つたものであるから民法第四四条第一項により同町は同農協にその損害を賠償する責任があるといわざるをえない。

(三) しかしながら、同農協も同町長の意思の確認を為さず、同町の財政規模から照らすと相当な金額の借入であるにもかかわらず安易に職印のみで真正な契約と信じたことは同農協の過失であるといわざるをえず、これらの諸事情を総合して、同町が同農協に賠償すべき額を一四〇〇万円に減額すべきであるとして、同町に対し一四〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を命じたのである。

第四 被告の不法行為

一、右高務が職印を盗用して同農協から二〇〇〇万円を借入し、これを日本原建設専務花谷重行に貸付した当時の町長は被告である。

二、町長は、町の財政を預かるものとして町吏員を指揮監督し、また職印の使用、保管を厳重に為し、いやしくも本件の如き町長印を無断使用し他からほしいままに借入を為しこれを流用し町財政に損害を生ぜしめることのないようにしなくてはならない義務を負つている(地方自治法第一五四条等)

三、しかるに同町長であつた被告は、同町職員の管理がきわめて杜撰であつたうえ、その会計を担当する収入役高務に対する監督は著しく怠慢であつた。

(一) 同収入役は、本件に先立ち昭和四二年末ないし同四三年初めころ、同じ方法で借入した金員の中から一一〇〇万円を日本原建設花谷重行に貸付け、同人からの回収が困難となり、苦慮し、これを被告に打ち明けたところ、被告は高務が無権限で右の借入を為し、さらにこれを他に貸付けていることを知りながら、その真相を究明したり、あるいは高務の責任を追求する等し、事件の再発を防ぐのではなく、むしろその逆に右の借入の事実を隠蔽し、右日本原建設に同町中学校建設工事等の公共事業の請負を為さしめ、これにより右貸付金の回収を図るあるいは弁償に力を入れさせるという措置を取り、収入役に対する右以後の監督も財政に対する管理もまつたく杜撰なまで放置し、むしろ逆に右収入役の行為を裏面から支持していたといえる措置をとつた。

(二) また、職印の保管についても、右のように収入役が職印を無断で使用していることを知りながら、これ以後その使用、管理を厳重にするという処置も為さず、相変わらず杜撰なまま放置していた。

(三) さらに被告は、右高務が無断貸付を二回にわたつて為した日本原建設専務花谷重行から、昭和四三年六月三〇万円の贈賄を受け、さらに七月同人から四〇万円の贈賄を受け、これが有罪として確定している。

(四) また、右のような高務の不正借入および不正貸付は相当数にのぼる。町の会計帳簿に登載されない借入は、借入先勝央町農協から一四件、同中国銀行勝間田支店三五件、山陽相互銀行林野支店一九件にのぼつている(昭和四一年四月一日から同四五年六月一五日まで)。このような、借入が為され、その都度公印が使用され、会計帳簿にすら登載のないという杜撰さでありながら、この間の監督、責任者である被告がこれに気づかぬはずがないのにこれを放置していた。

四、以上のような諸事実に照らしてみるなら、被告の責任は、単に収入役、職印に対する管理、監督が杜撰、不十分であつたというにとどまらず、被告自身も、本件職印不正使用による借入、さらにこれを日本原建設に転貸するといつた経緯を知つていたとの疑いすら生じ、被告の責任はさらに重大であるといわざるをえない。

このような被告の職務怠慢、義務懈怠が結局において同農協に対する一四〇〇万円の損害賠償を為さざるをえない原因となつているものであるから、被告は同町に対して、同町が同農協に対して支払いをした一七一〇万六一六円の損害を補填する責任があるものである。

第五 結語

右の次第で被告は同町に対し、右金員の損害賠償を為すべきであるにもかかわらず、同町は右の手続を怠たりその支払請求を為さないので、前記のとおり原告らは、同町監査委員に右損害賠償の請求等措置をとることを要求したが、同監査委員は何らの勧告もしないものである。

よつて、原告らは、被告が勝央町に対し、一七一〇万六一六円およびこれに対する同町が同農協に支払をした翌日である昭和四九年七月一〇日以降支払済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう請求するものである。

B 本案前の主張に対する反論

第一 被告適格の欠缺の主張について。

被告は、本件住民訴訟は直接違法行為を為した当の行為者のみに対して提起さるべきもので、それの単なる監督者たる長は被告適格がないと解すべきところ、本件訴外勝央町に対する違法行為(詐取)は、元収入役高務柳一が単独で為したもので、被告は関与していないから、被告適格がないと主張する。

しかしながら、本件訴訟は同町の代表名義人である被告に対して提起したものではなく、まさに被告の長としての監督不十分というよりも、元収入役の本件詐取背任行為を結果的には助勢、援助した被告自身のきわめて杜撰な職務怠慢、義務懈怠それ自体が同町に対する不法行為であるとして同町に代位して損害賠償請求を為しているのである。

したがつて、被告の主張は、その主張自体の当否はともかくとして(その主張は被告適格の問題ではなく、結局は請求原因の当否の問題であると思料される。)、本件では、その前提を誤解しており、まつたく理由のないものである。

第二 請求期間待過の主張について。

被告は、本件訴訟の前提たる監査請求は元収入役高務の違法行為があつた昭和四四年三月三一日より一年以上経過した昭和五〇年七月五日に為されているから、地方自治法第二四二条第二項に違反すると主張する。

しかしながら、同法二四二条第二項にいう「当該行為のあつた日又は終つた日」というのは当該不法行為の為された日だけを指すのではなく、それに引き続き、それが不法行為として損害額が確定され(判決等)、これに基づき現実の出捐が為され、具体的に公共団体の損害が確定した日までを含むものである。

そうでないと、具体的に地方公共団体のこうむる損害の内容や額について不分明のままで、監査請求や住民訴訟を強制することとなりこれは事実上不可能であつて、本制度の存在理由を没却することとなる。

したがつて、この点についても被告の主張は理由がない。

別紙二

A 本案前の主張

(一) 被告適格の欠缺

本件訴訟は地方自治法第二四二条の二第一項、第四号のいわゆる代位請求訴訟と解されるところ、この代位請求訴訟における被告適格を有する者は当該違法行為をなしたその者で、その責に任ずべきであるとされる者である。その行為に何ら関与していない長であつた被告は、行為について何らの責任をも負わないのであり、被告適格を有しないことは余りにも明白である。すなわち、代位請求訴訟は地方公共団体の執行機関、または職員による財務会計上の違法な行為または怠る事実によつて地方公共団体が被りまたは被るおそれのある損害の回復または予防を当該団体が積極的に行使しようとしない場合に住民が代位し、その請求を提起するものである。対外的関係では団体の長の名を表示して行使されるから団体がその責任を負うべきことになるが、しかし代位請求における責任者は団体内部に対する関係についてのもので、その損害の責を内部的に誰に帰すべきかの問題である。それはもつぱら損害を生ぜしめた当該行為者自身に責任を追求するところにこの訴訟の目的がある。団体に損害が生じたことから代位請求にいう責任が長に対して発生するものではなく、代位請求訴訟はあくまでもその違法な当該行為をした者の責任を追求し、被告とされるべきである。

本件に即していえば、勝央町の収入役であつた亡高務柳一が町長職印を冒用し、勝央町農業協同組合(以下単に農協と称す)から二〇〇〇万円を勝央町が借入するが如く装つて二〇〇〇万円を農協より詐取したのであるが、町の収入役の地位にある者の行為であるから民法第四四条により町は農協に賠償義務があると判決され、この判決に基づき賠償したことが町に損害を与えたというのである。右違法行為は高務自身が単独で行つたことであり、内部的関係では高務が全責任を負うべき者で、被告は右行為に全く関与もしておらず、全く知らなかつたことである。

従つて本訴訟では高務(その後自殺しているためその相続人)を被告とすべきであつて、明らかに被告を誤つている。以上の次第で本訴は明らかに被告適格の欠缺であり直ちに訴の却下をされるべきである。

(二) 請求期間徒過

住民訴訟(代位請求訴訟)は「当該行為のあつた日または終つた日」から一年以内に監査請求をした場合に限り、提起し得るところ(地方自治法第二四二条第一、二項、第二四二条の二第二項)、本件の高務の違法行為は昭和四四年三月三一日に為された。原告等が監査請求したのは昭和五〇年七月五日であり、明らかに請求期間を徒過したもので、訴の対象とはならない。もつとも右農協に対する勝央町の支払義務を認めた判決(岡山地方裁判所津山支部昭和四五年(ワ)第一六六号事件)の言渡日昭和四九年四月一〇日或はこれに基づく勝央町の支払日、昭和四九年七月九日から請求期間を起算すべきではないかとも考えられるが、しかし右判決の言渡し或はこれに基づく支払行為が違法行為または違法行為の終りに該当するものでないことは明らかで、同法にいう「当該行為のあつた日または終つた日」は違法行為自体の日またはその終了日と解すべきである。更に請求期間について同法は「発覚してから」とか、「損害が確定してから起算する」とも規定されていない。また原告等が監査請求期限を徒過したことについて何ら同法但書にいう「正当な理由」もない。すなわち高務の違法行為が発覚したのは被告が町長を退いた後の昭和四五年六月中旬頃であり、農協組合長よりの連絡により初めて知り、被告はこの件につき直ちに右高務およびその保証人から賠償請求可能であるから請求するように当時の竹久町長や町議会に働きかけ努力していたのであるが、いずれも被告の申入れを無視し、放置しているのである。もし原告等がその責任を追求しようとするのであれば、当時充分に言い得たにも拘らず、長期間この問題は放置していたのである。

以上の次第で本訴は高務の違法行為があつた日から一年以内に監査請求がなされていないし、また徒過した正当な理由もないから請求期間を徒過したものとして訴の対象とならない、この点からも訴の却下を求める。

B 請求の原因に対する認否

一、原告主張事実中、第一当事者、第三本件の事実経過と題する項についての原告主張事実は認め、第二監査請求の項については知、爾余の第四被告の不法行為と題する項についての主張事実は争う。

二(一) 被告主張事実は前記本案前の答弁中において主張しておるとおりであつて、被告としては勝央町に対して損害を補填する義務はない。

(二) 昭和四二、三年頃、同様の方法で借入れた金員を高務が花谷に貸付けたという事実を被告が知つていたという主張であるが、当時被告の知つていることは貸付けた金員は高務自身の金員であるということである。

(三) 昭和四三年から昭和四六年までの定例月例監査はすべて異常なくよく出納が出来ているという報告をうけており、被告はそのように信じていた。

(四) 勝央町印、勝央町役場印、勝央町長印の保管については勝央町公印に関する規定、勝央町行政組織規則等により、右公印の管守については規則により定められており、総務課長において処理されることになつている。昭和四三年一月一日より四五年九月三〇日までの総務課長は古山博史であつた。

(五) 高務は、昭和三三年六月収入役に就任時相当の家屋を有し、元兵庫県巡査部長であり、昭和二三年勝間田町役場書記を命ぜられ、その後事務吏員総務課勤務となり、昭和三三年六月勝央町収入役となり、四五年六月任期満了し、その間本件のような事故は予想もつかないことであつた。

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